支部長雑感

才能と継続(その3)

2026年03月27日

今年2026年1月20日は、私にとって記念日となりました。

私は、芦原会館に入門後、日課として毎朝の稽古を行ってきました。
かたや夜の稽古も行っておりましたが、ややもすれば予定が入りあまり時間が取れなかったとか、仕事が長引いてしまい稽古できなかった等のイレギュラーなことが多く、その点、早朝の稽古は確実に時間が確保できます。
なので、私は朝の稽古を重視しておりました。
しかし、朝の稽古も、ある日は気分が乗らず30分、また別の日は体調良く1時間30分というように稽古にかける時間がばらばらでした。

ある時、ん~、こんなその日その日のまちまちで気分次第のトレーニングでは思うほど稽古の成果が出ないなと思いました。
それは2006年が明けた頃に感じていたものでした。

そこで決めました。
万難を排して、毎朝1時間の完全固定で稽古を行おうと。
これを始めたのが2006年1月21日のことでした。

それから毎朝1時間の稽古が始まりました。
最初はつよく意識を掛けないと継続できませんでした。
しかし、それも継続の継続の果て、徐々に早朝1時間の稽古が日常生活の一つになってきました。
こうなるとしめたものです。

しかし、当然ながら、長い年月、あとからあとから色々な出来事が自身に起きました。
たとえば、、体調がどうしても優れない日、旅行先、二日酔いの翌日、早朝より出かける用事、家族のイベント、会社の経営危機の長い年月等々ですが、一度決めたことですので辛抱して稽古を続けました。
継続を決めた以上、とにかく続けました。とにかく休まず続けました。

とはいっても、体の具合がひどく悪い日、インフルエンザに罹り高熱を出した、怪我をしてしまった、父が他界、山内文孝前支部長のご逝去、熊本地方を大地震が襲い避難生活を余儀なくされた等々、これらの出来事に関しては、さすがに早朝の稽古はできませんでした。
そのようなときは、後日、早朝1時間の稽古とは別に、埋め合わせの1時間の稽古を、日を選んで行いました。
この後日の稽古は、昔から書いている日記の毎日の見出しに朝の稽古時間を記していましたので、これがチェック機能を果たすこになりました。
結果として、トータルの日数に欠けがないことになりました。

その間は、もちろん辛いことだけではなく、楽しいこと、嬉しかったことなどもたくさんありました。

果たして5年が経ちました。
10年が経ちました。
そして、今年2026年1月20日で20年が経ちました。
20年間、一日も欠けることなく朝の稽古を続けることができました。

20年の時が経ち、
43歳の私は、63歳になりました。
一番下の6歳の息子は、26歳になりました。

ところで、その間、私は強くなったのでしょうか。
それは、分かりません。
自分自身の中では、確かな手ごたえはあります。
この点、強さとは相対的なもので「己の中の絶対性」とは相容れません。
したがって、外に向かって断言はできません。

しかし、間違いのないこととしては、この20年の継続で、確実に「心の深化」、また「『人の真価とは』への理解」をなすことができたと思います。

そしてこの継続は、禅ともいえます。
禅僧がただひたすらに座禅を続ける「只管打坐」と同じです。
私が続けた禅の、その効用はこの20年で数多くありました。
中でも、ご自身も禅の素養をお持ちであった書道家相田みつを先生がおっしゃっておられた、
「しあわせは いつも じぶんの こころが きめる」
の解釈が進みました。
幸せは獲得するものではなく、自分の中にすでにあるものです。
気づくか気づかないかの違いだけです。


これからの人生で、この朝の稽古がどこまで続くのか、続けることができるのかは分かりません。
しかし、表題にあります「才能と継続」のうち、「継続」こそが、おそらく私の唯一の「才能」であると信じて、これからもこの「継続の人生」を歩み続けようと思っております。

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