支部長雑感

武道家の日常を養う

2025年05月27日

『よし、ついてこい』

私が茶帯の頃、1988年でした。
ある秋の日、私は、想いを寄せていた人からフラれました。

その日の稽古後、山内文孝前支部長(以下、支部長とします)に、そのことを相談しました。

私「少しよろしいでしょうか?」

支部長「お、良いよ。」

私「あのゥー、女の子にフラれましたー。」

支部長「そうか。
……よし、ついてこい!」

そうおっしゃって、道場のある市立中学校体育館を後にしました。
それぞれが自分の車で道場に来ていましたので、私は支部長の車の後をついていきました。

私は、てっきり、支部長が私を慰めてくださる為、喫茶店でも行って私の話を聞いて下さるものと思いました、少し嬉しい気持ちで、支部長の車のテールランプを見つめて車を走らせました。

夜の10時を回った頃、熊本市郊外にある広大な運動公園に着きました。

2人とも車を降りました。

私「……?」

支部長「よーし。道着に着替えろ。」

私「???」

ついさっきまで、激しい稽古をしていました。秋とはいえ、汗もたくさん出ました。疲れもありました。

支部長「稽古するぞ!」

私「押忍!(心の中:嘘だろー)」

しかし、私は、さもそれが当然であるかのような振りをして道着に着替えました。
支部長も着替えました。

先ほどまで、他の多くの道場生と一緒に稽古して、再び支部長とマンツーマンで稽古が始まりました。

それから2時間、みっちり鍛えられました。

私「ありがとうございました!」

支部長「お疲れさん」

そして、失恋の話などすることもなく、支部長と別れました。
12時を回っていました。
疲れました。ヘトヘトになり自宅へ帰りました。

この日のことは、私の空手に対する気持ちへの、支部長なりのアドバイスであったと思います。
仰りたいのは、日常、どんなに精神的な変化が起ころうとも、変わらずに稽古を続けろ!ということだと思っております。

支部長は、本当に空手のお好きな方でした。
空手に対する気持ちでは、今でも遥か足元にも及ばない気がします。
とにかく、何かにつけ稽古、稽古でした。
それほど、空手や武道に対する思いが強い方でした。先代館長を始めとする武道家の持っている技術に対する研究姿勢にも並々ならぬものがありました。

私が芦原会館の熊本支部を預かることになって、道場運営の指針として、まず心掛けていることは、自分自身の稽古から離れない、口だけの指導者にならない、ということです。
そのような姿勢を、支部長から、身をもって示していただいたと思っております。

押忍



『流石!のお話』

芦原会館守口支部の支部長であるT先輩は実力・人格共に、私の尊敬する先輩の一人です。
今回は、このT先輩からお聞きしたお話です。

T先輩は、芦原館長が館長職を引き継がれた頃からの館長の稽古パートナーでした。

ある日の夜の稽古のこと、場所はいつもの大阪道場でした。
館長とT先輩は激しい稽古を続けられておりました。
お互い気持ちが乗って、稽古が深夜まで続けられました。

しかし、T先輩は翌日お仕事があります。名残惜しくも稽古を終え、先輩は帰路に着きました。日付も変わり2時を過ぎていました。

朝になり、T先輩は仕事に出かけます。
多少疲れは残っているはずです。しかし、武道家は、そんなことを表には出しません。

でもちょっとは、このようにT先輩は思ったことでしょう(勝手な推測ですが)。
「俺は今から仕事だ。館長は良いなあ。夜みっちり遅くまで稽古しても、朝は休めるからなあ」と。

出勤時間になり、T先輩は家を出ました。
車で会社へ向かう途中、T先輩はフッと何か感じるものがあったのでしょう。道場に寄られたそうです。

そして車を降り、道場の外から、窓越しにそっと中を覗いてみたそうです。
すると、館長は、もうすでに稽古をされておられたそうです。

流石!のお話でした。

押忍



……
上記2つのお話は、過去の拙文「よし、ついてこい」2014年6月15日分、「流石!のお話」同年11月9日分の再掲です。

武道を志す者の日常は、決して稽古から切り離れたものではありません。常に己の傍らに努力精進があります。
それも、淡々と、坦々と。
これを芦原館長、山内前支部長は、実際をもって教えてくださっています。

押忍

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