支部長雑感

治らない病い

2026年05月28日

芦原英幸先代館長の座右の銘が「努力」というのは有名でお話であります。
そして、先代館長のご生涯そのものが「努力」という言葉で言い表せるものではないでしょうか。
私もこの言葉が大好きであり、自身の傍らにはいつもこの言葉が存在していて、至らない私を叱咤激励してくれます。
しかし、先代館長の「努力」と私のそれとは、成り立ちが違う気がしています。
今回は、このことに関してお話したいと思います。

私は、かつて中学高校一貫校にて10代を過ごしました。この学校は、熊本においていわゆる進学校と云われていました。
そして、中学1年より6年間、学校に隣接する寮で学生生活を送りました。

ここでの生活は、起床後に寮から学校へ、放課後は部活動、そして夕方寮に戻り、食事・入浴・勉強・就寝です。
夏休み等の休暇を除き、一年中、学校と寮の往復で過ごしました。
したがって、同級生の100数十人とは24時間一緒です。
当然、長い付き合いの末、その者たちの人となりが十分すぎるほど分かります。それは良いところも悪いところも全てです。

この学校生活において、私は中学1、2年生の頃は一生懸命勉強していましたが、まあまあであった成績がある時期から振るわなくなると、その意欲も徐々になくなり、あまり勉強することがなくなってきました。
そして、高校2年の頃、思い悩んだ挙句に吹っ切れて、とうとう「人は、人生において努力なんて必要ないんだ!」という結論を持つに至りました。
この言葉は、本当に実際に思った心の言葉です。今でもはっきりこの結論に至った場面を覚えています。
それからというもの、ますます努力をすることがなくなりました。

その後、なんとか大学へ入りました。
しかし、大学生活も無為な生活、無為な人生に変わりはありませんでした。
なにせ、一度努力を否定した者が、そう簡単に有為な人間になれるわけがありませんから。
しかし、大学生活を送っているころから、その「無為な心」というのに自分自身、徐々に気づき始めました。
この心というのは実に嫌なものです。これが「嫌な気持ち」だということに気づいたのです。

ところで、高校時代に、劇画「空手バカ一代」を読み「ケンカ十段芦原英幸」の存在を知りました。
生活していた寮で、同級生から借りたこのコミックを読みあさりました。
ケンカ十段に痺れました!
強烈に憧れました!
いつしか「空手をやろう。やるからには芦原空手を」という気持ちを持つことができました。この心は、大学在学中もずっと続きました。

そしてその後、就職しました。
1年後の夏、24歳の時に芦原会館に入門しました。
稽古はつらかったですが、先の「無為な心」より至る「無為な人生を送りたくない!」という心の叫びから、懸命に稽古を続けました。
実際、先代館長や山内文孝前熊本支部長より、一から努力の仕方を教わることができました。

やっとやっと、「努力」に巡り会えたのです。
この喜びは、これまでの人生で最大のものであったと断言できます。
それから39年が過ぎました。あっという間の年月でした。

私は、空手を通じて努力する喜びを知ることにより、ようやく自身の人生の歩みに関して、少し落ち着いて過去を振り返ることができるようになりました。
そのことに関して、そう、35歳を過ぎた頃のある日、私の心は愕然とした気持ちになったのです。
それは、中学高校の寮生活でのことを思い出してのことでした。

寮には自習時間があります。毎日、相当程度の学習時間です。
その間、多くの同級生は、懸命に机に向かい勉強していました。
その姿を今でもまざまざと思い浮かべることができます。
私と違い、彼らはずっとずっと努力を続けていたのです。
そして、然るべき大学、資格、職業を手に入れ、充実した人生を歩み続けています。
私は愕然と「俺はその間、無気力・無努力の人生を送っていたんだ!」ということにあらてめて気づいたのです。

当然、このことは同級生の頑張りだけではありません。
職場、地域、社会、ひいては世界中に、懸命に生きている人々や努力を続けている方々がいて、私はその姿がようやく自分の眼に映るようになったのです。
人として、遅い遅い、ほんとうに遅い開眼でありました。

しかし、こうなるといけません。
私は怠けることが怖くなってしまいました。今でもついつい怠惰な生活を送りがちな自分を省みると恐怖を感じてしまうのです。


無為を知った者は、無為を理解できます。
これを理解できた者は、その解消方法を持つことができます。
人生が続く限り努力を続けるというのがその解決方法で、今の私の切なる願いです。

「努力渇望症」
私の一生治らない病気です。

押忍

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