支部長雑感

このままだったら人生が終わる

2015年12月03日

1987年7月、私は、芦原会館に入門しました。
24歳、働き始めて2年目、運動不足に加えて、体重も相当増えていました。
しかし、空手を始めるんだ、そして、やるからには実戦芦原空手を、という以前からの気持ちは変わりませんでした。
7月16日、熊本支部の稽古日に、市立帯山中学校体育館(旧体育館です)に行き、練習を見学しました。
終了後、山内文孝支部長に入門希望を申し出ました。

ここに至るまでにも、かなりの勇気と決心が要りました。

芦原会館入門以前の私は、本当にどうしようもない人間でありました。
何がどの位どうしようもないのかを書くと、書ききれない程でありますので、書くことができない程どうしようもない人間だったんだなあ、と思っていただいて結構です。

次の稽古日である7月18日に入門、稽古に初めて参加しました。
支部長のご指導を受けました。
運動不足に加え、不規則な生活をしていたので、その日の稽古は、とてつもなくきつく、辛かったです。いまでもはっきり覚えております。
稽古終了後、それこそ這うようにして帰路に着きました。

以前より書いておりますように、芦原会館においては、道場生をいじめるような指導など皆無でありますが、極端に運動不足の私には、とても辛い稽古でありました。

そして、何とか次の稽古日も行きました。
が、入門して3回目の稽古の日、ついに道場に足を運ぶことが出来ませんでした。
じーっと家にいました。それこそ膝を抱え、暗い部屋にぽつんと。

落ち込みました。
稽古に行けない自分が情けなかったです。

過去、自堕落な生活を送り、その結果として自分を責め、それでも何かにすがって自分を変えたかったはずの私が、その手段として芦原空手を選んだのに、今それからも逃げようとしている。

「このままだったら、このまま人生が終わる!」
「情けない人間のまま、俺は死ぬことになる!」

この期に及んでは、自分が情けないというより、このまま人生が終わることの方が怖かったのです。

決意しました。
このままじゃ嫌だ。
次から稽古を休まない!

ある本で、厳しい稽古で有名な空手団体の師範が、修行時代、その団体でただ一人、1年間皆勤を成し遂げた、という文章を読みました。
これに倣おう!

翌稽古日から、私の1年間皆勤への挑戦が始まりました。
やはり稽古は辛く、稽古日ごとに自分を奮い立たせるのは、容易ではなかったです。

しかし、稽古を重ねていくうち、徐々に空手の稽古に身体が慣れてきました。楽しさも覚えてきました。

そして、2、3か月もすると、もう空手が楽しくて仕方なくなりました。若かったのですね。

もう、しめたものです。
一生懸命、稽古を続けました。

山内支部長のご指導を受け、先輩同輩にも恵まれました。
審査においては、先代館長の直接のご指導も頂きました。

そして、1年間休まず稽古を皆勤しました。
翌年の7月が過ぎたのです。
腰には茶帯を締めていました。


……
今年で、空手を始めて28年になります。
28年前の夏、あの時、辛さに負けて空手を止めていたら、どうなっていたのでしょうか。あのたった数日の、小さな悩みと躓きながらも始めた行動が、後々の人生に大きな違いとなって顕れてくることになろうとは…。
今でも、本当に不思議な気持ちであります。

どうしようもなかった私に、先代館長、山内支部長は努力の仕方を1から教えてくださいました。
心の底から感謝しております。

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