支部長雑感

これでいいんだ!

2015年07月19日

現代のスポーツや格闘技は、選手の大型化が顕著であり、大きい方が圧倒的に有利といわれています。

原則的に考えれば、空手にもそれは妥当します。
例えば、それほど身長の高くない人にとって、大きい相手が放つ回し蹴りは、ミドルキックが自分の顔面の高さになります。しかも、回し蹴りの角度が立っていますので、威力の点でもやっかいです。
「ああ。大きい人は良いなあ。最初から差がありすぎだよ!」と思っている人もいるでしょう。

しかし、武道において、身体の大きい小さいは、本当に大きい差なのでしょうか。
昔の達人・名人と言われた方々は、それほど大きい人はいなかったといわれます(その時代の平均身長から相対的には、小さくなかったのかもしれませんが)。

この事に関しては、わたしはこう考えます。
強くなるというのは、修得した技を使えること、そして、相手に技を効かせることができることだと思います。
そして、技を効かせるためには、自分自身の体を使いこなす必要があります。

「自分の身体を使いこなす」
この概念に、体格差という要素は入っていません。まったく考える必要がありません。もちろん、相対的に相手が自分より大きいとか小さいとか、後から問題として出てはきますが、殊、身体の使いこなし段階では考える必要はないのです。
人によっては、比較的小柄の方が身体コントロールも得意であるといわれることもあります。

そして、次の段階になります。
ルールの無い実際の戦いにおいては、急所攻撃も当然ありですし、逆に、それこそ目指すべきものだと思います。
この点、身体の大きい人は急所を攻撃されることに強くて、身体の小さい人は急所攻撃に対して弱いというものではありません。等しく弱いものです。
我々が目指す空手は、ルールの無い、無制約の状態である日常生活において、いかにわが身を守るか、大切な人を守れるかに尽きると思います。
よって、日頃から、自分の体を使いこなす、自分の体を使って表現できるようになることが最も重要なものになってくると思います。

このように考えていくと、身体の大小、筋力の強弱、性格の硬軟など全く戦いに必要な要素にならず、すべての人が同じ条件の世界に住んでいることになると思うのです。

以上のことから、私は、体格差は全く問題にならないと考えるのです。

そして、この無差別さは、目先を変えると、空手に限らず、人間として、社会人として、家庭人として等、あらゆる環境において、自分自身の持つ先天的・後天的な条件というものが他の人と差がなく平等であることと同義であると言い換えられると思います。

「自分自身を使いこなす」
これができれば良いのです。自分の持っている武器で戦えばいいのです(もちろん戦いに限ったものではありませんが)。
「俺には○○がない」、「わたしには○○が備わっていない」という不利な条件というのは、自分自身が勝手に設定しているだけのものではないでしょうか。
まして、他人が持っているもの、自分から見れば他の人の特技として映るものをうらやましがる必要は全くないと思います。

今の自分の身体!自分の心!これで良いのだと思います。

押忍

2017年02月16日

あれはお前が悪い

2017年01月22日

独行道

2017年01月01日

手伝ノススメ

2016年12月17日

優しさと厳しさ

2016年11月28日

臆病な人を笑ってはいけない

2016年11月07日

百尺竿頭進一歩

2016年10月17日

腕力・腕力・腕力

2016年09月23日

三方よし

2016年09月04日

「肚で観ろ」

2016年08月31日

会館とともに

前の10件<< >>次の10件