2013年08月20日
今回は、私の子供のころのお話を。
物心つく前から、かなりの無鉄砲だったそうです。
無鉄砲その1
愛媛県今治市で生まれた私の生家は、海端にありました。
ある時、2歳に満たない私はフラフラと近所を歩き回りました。
夕方になり、私がいないことに気付いた母と近所の方々は
大騒ぎになりました。
「裕一がいない」、「海に落ちたんじゃないか」と。
かなり暗くなり、心あたりを探してくださっていた近所の
皆さんが一旦ひとところに戻ってきました。
まだ、私は見つかりません。
「どこに行ったんだ?」皆、心配してくれています。
その時、一緒に探してくれていた近所の人のひとりが、私の家の
すぐ近くの土建会社の三和土(たたき)を覗き込みました。
そこには、セメントの粉を盛っている「舟」いわゆる大きな
入れ物がおいてありました。
……そのセメントの山がモゾモゾ動いています。
そして、二つの光るものがキョロキョロしています。
そうです、私はセメントの塊の中に入っていたのです。
無鉄砲その2
これは覚えています。
2歳の時、私たち家族は熊本に引っ越してきました。
7歳の頃、私はたまたま自宅のテレビで自衛隊の落下傘部隊を
見ました。
「かっこいいー!」と思った私は、家で一番大きな傘を持って、
2階に行きました。
そして傘を開き、思い切り窓から飛び降りました。
どすーん!
私は庇(ひさし)に引っかかり命拾いしました。
他にもいろいろありますが、いずれまた…。
閑話休題でした。
押忍
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