支部長雑感

埒虎鬚

2026年02月27日

「らつこしゅ」と読みます。
「虎のひげをひっぱる」という意味です。
恐ろしい虎に対し、例えば小さいウサギが勇気を出して、その虎のひげを引っ張るようなことを指します。
禅語の1つであります。

むずかしいぞ、できっこないな、勇気が必要だ、そんな場面に際したときに、気持ちに負けずに勇猛果敢にぶつかっていく、そんな気持ちを表しています。

この言葉のきっかけとなった出来事というのは、「臨済大悟」(りんざいたいご)というお話です。
簡単にご説明しますと、
臨済宗の開祖である臨済義玄禅師が修業により大きな悟りを得たとき、師匠である黄檗希運禅師を訪ねて、いきなりその顔を思い切り殴ったのです。

古来より、悟りを得た弟子は、その悟りが本物か、又はレベルが高いものであるかを師に見ていただくのですが、その悟りの証明として師をいきなり殴るというのは、相当に極端でありますし、理解に苦しみます。

その時、殴られた黄檗禅師、殴った方の臨済禅師はどうしたかといいますと、
黄檗は(以下、引用です)、
「なにをするか、この瘋癲野郎。ここで、虎の髭をなでようとするのか。おおい、だれかいないか、この瘋癲野郎を禅堂に連れていって、座禅をさせろ!」
臨済は強烈な気合をもって叫んだ。
「喝—っ‼」
(学研「禅の本」1994年5月10日第7版 214頁)
という流れがあったそうです。

余談ですが、この「瘋癲」(ふうてん)というのは、「フーテンの寅さん」でいうところの「フーテン」ですね。

この臨済禅師のお話はなんとも乱暴な話ですが、禅の世界には、特に悟りを得た修業者の行動には、一般人には分からない難解なものがありますね。

ところで、私の身近なところにも、この「埒虎鬚」に近い、若しくはそれになりかけたお話があります。それは、山内文孝前支部長(以下、「支部長」とします。)から伺ったご自身の思い出話です。

支部長は、芦原英幸先代館長(以下、「先代館長」とします。)のご指導の下、入門以来、猛げいこの末にメキメキと頭角を現し、1977年11月に行われる第9回全日本大会の代表選手に選ばれました。
勇躍、支部長は闘いました。3回戦まで勝ち上がりました。その際、足を痛めたことにより、次戦を棄権されたそうです。

全日本大会も終わり、四国八幡浜に戻り、そして怪我の癒えた支部長には、再び日常の稽古の生活が待っていました。

12月になりました。
八幡浜道場のその日の稽古は、組手の時間が組まれていました。
いつものように先代館長が元立ち(師や先輩が組手の相手をすること)です。

帯の下の者から順々に、多くの道場生が先代館長に向かっていきます。
しかし、当たり前ですが、瞬時に捌かれ「参りました!」と叫ぶことになりました。

そして、支部長の番になりました。
先代館長に勇んで向かっていきました。
しかし、やはり圧倒され、捌かれ、吹っ飛んでしまいました。
全日本代表選手になった道場生でも、先代館長にかかれば相手になりません。
支部長はしばらくそのようにやられ続けていましたが、一瞬、間合いが離れた際、荒い息の下、「こうなりゃ思いきりやってやるしかない」と、やたらめっぽうに右下段回し蹴りを繰り出したそうです。
すると、たまたまそれが左膝の裏側に蹴りが入り、先代館長はストンと尻もちをついてしまわれたそうです。
支部長はびっくりしました。
すると、先代館長はすっと立ち上がり、ニヤッとされて、
「今のはクリスマスプレゼントだ」
とおっしゃられたそうです。
そして、ふたたび支部長はやられ続けたそうです。

というお話でした。
弟子が師匠に勝つというのは、武道の世界では「恩返し」といいます。
支部長はあともう少しで恩返しができたところでしたが、やはりそれは叶わなかったのです。
しかしこの日、とても素晴らしいプレゼントを先代館長から頂きました。

「埒虎鬚」がもう少しでできるところだった支部長の思い出話でした。

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