支部長雑感

感情スイッチの入切

2019年09月30日

風、疎竹に来たる
風、過ぎて竹に声を留めず
雁、寒潭を渡る
雁、去って潭に影を留めず

「菜根譚」(中国・明時代の哲学書)
※疎竹:竹林
 寒潭:冷たい水の淵や池

これを読んで、その情景を思い浮かべていただきたいと思います。
私は30歳代の頃、禅のお話としてこれを初めて読んだとき、何が何やらさっぱりわかりませんでした。
しかし、空手修行や禅を続けるうちに、自分なりの解釈が進み、今これを読みますとなんとも言えない良い気持ちになれるようになりました。

自分の感情をコントロールすることはとても難しいものです。年齢を重ね、分別ある大人に至っても、時として感情のコントロールを失い、不祥事や犯罪をおかしてしまいます。
その例として、今年話題になりました「あおり運転」があります。
運転中に、周りがちょっとマナーの悪い運転をすると、つい直前まで良い気分でいたのに、いきなりカッと頭に血が上ってクラクションを鳴らしてしまいます。更にはひどいあおり運転を始めてしまいます。
その時の感情はどうなっているのでしょうか。

「危ないっ!こらぁ~!」
瞬間的・不可避的に怒りの感情が沸き起こります。
この時の危険は、次の瞬間には過ぎ去っています。
しかし、自分の高まってしまった感情はすぐには静まりません。
そして、過剰なあおり行為などの行動に出てしまいます。
普通の人は、テレビで繰り返し放映されたような極端な行動を取ることはありませんが、ムッとした感情というのは、車の運転に限らず、誰にでも日常的に発生する感情であると思います。

この「事に伴う感情」を、今日の最初にお書きしました「菜根譚」の詩のように、さらっと過ぎ去らせてしまうことができれば、自身におこる災いを減らせられるのではないでしょうか。
起こしたくて起こしたわけでもない激しい感情を「おっと、あらあら、あらよっと」と、スイッチを切るように、パチっと切ることができれば良いですね。

……
私達は、空手の稽古で組手をします。
「始めっ!」
ある種の感情を高めて(スイッチ入)、組手を行います。
「止め~!」
の合図で、その感情を収めます(スイッチ切)。

憎いわけでもない、普段仲良しの稽古仲間と打ったり蹴ったりします。なんでこんなことをしなければならないのか考えるときもあります。
しかし、このような稽古を日常として行っていると、いつの間にか感情コントロールの技術を、自然に我が身に養っていっている気がします。

空手などの武道の稽古をされてない方でも、日常における感情をコントロールする練習を続けることで、その時その時、瞬間瞬間の感情回路が暴走するのを「パチッ」とスイッチを切るように止めることができるようになると思います。

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