支部長雑感

「痛い」と言うな

2013年09月09日

少年部によく言う言葉です。
例えば、相手の蹴りが自分の身体に当たり「痛い!」と言うと、私は必ず「痛いと言うな!」と言います。

「痛いと言ったら、戦っている相手はどう思う?喜ぶじゃないか。相手は、もうすぐ勝てると思い、本当はつらかったかもしれないのに頑張るじゃないか。」と話します。

顔の表情もそうです。
痛いときに痛い顔をする。きついときにきつい顔をする。
そのような時、我慢して平静を装いなさいと言っています。

空手の基本の立ち方も同じです。少年部の中には、不動立ち(まっすぐな姿勢で立つことです)の際フラフラする子がいます。
そんなことでも、私は注意します。

違う話をしますと、一般部において、黒帯を取得した者が急に強くなったりします。これは、黒帯を締めたためメンツが芽生え、組手などにおいて相手から多少技をもらったりしても「やせ我慢」するからです。
つまり痛くても平気な顔をするのです。
これが、とっても大切だと思っています。

戦う相手は、こちらの精神状態を知りません。知られると不利になります。だから、知られてはいけません。そのためには、相手に精神状態を気取られないよう、表に現れる顔の表情や態度を「不変」のものにしなければなりません。
そのための修練を、日頃の稽古でもするべきです。

人は精神の生き物です。悪い言い方をすると、相手が弱ければ強く、相手が強ければ弱い生き物なのです。
戦いの場面では、両者の精神状態をも含めて、その空間を支配することが戦いに勝つ大事な要素だと考えます。

これは、社会生活においても、使える技術だと思います。
たとえば、日常のお付き合いでも、いちいち自分の機嫌の良し悪しが顔や言葉に出てしまい、相手に不快な思いをさせてしまうことが往々にしてあると思います。そういうのを日頃の修練により防ぐことが出来ると思います。
多くの人が、自身の言葉や態度が平滑に流れるように自然ならば、世の中平和だと思います。

私はよく道場で、「十年一剣を磨くが如く自己鍛錬を重ねても、その空手の実力を発揮するシチュエーションが、自分の人生で一生に一度もやってこないのがほとんどだよ」と話しています。

したがって、芦原空手のような武道を学ぶことが自分の人生に直接役立つのは、今日お話ししたような感情コントロールの技術や日常の立ち居振る舞いなどの方だと思っております。
                            押忍

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