2016年02月26日
とは言いますが、別れは悲しいものです。
いっしょに稽古をしてきた者が空手をやめてしまうと、非常に残念です。
かなり以前からの入門誓約書を見直してみると、
「あー、この方とはよく一緒に稽古したなあ」とか
「この子は面白かったな」など思い出されます。
入会されてごく短期間に止められた人などは、
「こんな方、いたかな?」という感想をもちます。
数日前、稽古に来なくなって2,3か月経った道場生にメールを送りました。
しかし、返事がきません。
気にはなりますが仕方ありません。
「離合集散は人の世の常」と思うようにしています。
その人の人生にとって、空手を頑張った時期は決して長いものではなかったかもしれません。
しかし、どうか、何がしかの役に立ったと思ってほしいと願っております。
矛盾するようですが、以前も書きましたように、無理に空手を続けることはありません。辛ければ、若しくは面白くなければ、又は意味が見いだせなくなったら、止めればいいのです。無理して続けても良いことはありません。
なので、ぜひ是非、空手を止めたことを気に病まないでください。価値がなくなったものに価値はありません。そんなことを気にしたり、引きずったりする必要な無いのです。
私は、人はその人そのものに価値があると思います。その価値を高めるために、努力したり、特技を伸ばしたり、辛抱したりするのだと思います。
空手や仕事などは、その人にとっては自分を高める単なる「道具」です。「道具」が使えなくなったり、自分に合わなくなったら、取り換えればいいのです。
そして、取り換えた新しい「道具」で、また努力を続ければ、それで全くオーケーだと思います。
「離合集散は人の世の常」です。
ぜひ新たな気分で、新たな場所で、精いっぱい輝いてください。
押忍
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