2014年03月23日
私は中学3年の時、「ディープパープル」というイギリスのロックバンドを好きになりました。洋楽ロックがお好きの方ならばご存知の方も多いでしょう。
このバンドのギタリストは、リッチー・ブラックモアという人で、「天才ギタリスト」、「ギターの魔術師」と称賛されていました。日本のロックギタリストの多くが彼の影響を受けております。
そのブラックモアが、1975年にディープパープルを脱退し、「レインボー」というバンドを組みました。
そして、レインボーとしては1976年が初来日でした。そして、その後も何度も来日しました。
彼は1997年にハードロックを離れ、現在は、自身の奥さんとルネサンスミュージックを基調とした独自の音楽活動をされています。
私は、リッチー・ブラックモアの大ファンでしたので、福岡に「レインボー」が来たときは、今まで何度かコンサートに行きました。
「レインボー」を初めて生で見たのは、1978年1月の福岡公演でした。コンサートと名の付くものの最初でもありました。公演の場所は、九電記念体育館でした。
友人2人と一緒に当日券で会場に入りました。当然、席はすごく後ろの方でした。たしか、最後列のひとつ前の席だったと思います。ステージは遥か前です。観客席はびっしり満席です。椅子は折りたたみ椅子でした。
ステージには、巨大な虹のアーチがかかっています。電飾の飾りです。曲や音に合わせて色が変わるようになっています。
開演時間になり、前座が始まりました。とある日本のバンドでした。
バンドの出す音も小さく、そして観客も椅子に座ったままリラックスして曲を聞いていました。演奏の中身は全く覚えていません。
前座の演奏の終了後、レインボーの演奏のためのセッティングが始まりました。かなり待たされました。そして、準備が終わり、会場の照明が徐々に暗くなりました。いきなり緊張感あふれる雰囲気に変わりました。
レインボーのライブが始まります。
当時のレインボーのメンバーは、リッチー・ブラックモア(ギター)、ロニー・ジェイムス・ディオ(ボーカル)、コージー・パウエル(ドラム)、ボブ・ディズリー(ベース)、デビット・ストーン(キーボード)という構成でした。
特に、ブラックモア / ディオ / パウエルの3人は、ロック界でもとりわけビッグネームで、現在ではこの3人がこの時期一つのバンドにいたことが伝説になっております。この組み合わせにおけるバンドの実力は、レッドツェッペリンや第2期ディープパープルに匹敵していたと言われています。
程なく会場が真っ暗になりました。イントロの「オズの魔法使い」が流れ始めると、その途端、会場そのものの世界が変わりました。
観客全員がステージに向かって突進し始めたのです。興奮して叫んでいるのか、悲鳴をあげているのか、バンドの出す大音響の前では何も聞こえません。世の中がひっくりかえるのでは…と思うくらいの音の大きさでした(今思うと、ハードロックやヘビーメタルのライブでは当たり前の音の大きさでしたが)。
観客は、何重に連なっている折りたたみ椅子など避けないのです。乗り越え、振り払い、蹴飛ばして前に進んで行きました。
人と人がぶつかり合い、もみくちゃになり、揺れてうねり合っていました。人が一つのかたまりの様です。
そして、揺れ動く人…ひと…人…ひとの固まりの上に椅子が波打って漂っているのです。本当のことです。このような光景は、後にも先にも見たのはこの日だけでした。信じられない光景でした。
ピンクフロイドではありませんが「狂気」とは、このことではないか、と思いました。
私は、ロックバンドのライブ(特にハードロック)がこのようになることなど知りませんでしたので、人のまねをして無我夢中で前に走りました。
ほぼ最後列から、リッチー・ブラックモアの前に向かって、人をかき分けかき分け進んで行きました。しかし、人と人のもみ合う圧力に「こりゃ圧死するのでは?」と思うくらい苦しくなりました。
そこで、一旦会場の横の比較的すいているスペースにのがれ、横からステージ最前列までジリジリ進んで行きました。
そして、大好きなギタリストをステージ最前列から見ることが出来たのです。
ライブはあっという間に感じられました。アンコールも終わり、ライブは終了です。
友人2人は、ステージ前から戻ってくる私をはるか後ろの方で冷めた目で見ていました。ふと我に返ると、自分のシャツは汗でびっしょりになっていました。1月でしたので、帰りの途は、濡れた服のせいでとても寒かったのを覚えています。
1960年代後半、外国のロックグループが日本にくるようになりました。しかし、その頃の日本のロックファンは、ライブをどのように楽しめば良いのかまだ分からないものでした。そして、1970年代にロック全盛時代が到来し、日本のロックファンもライブで盛り上がることを覚えていったのです。
現在では、折り畳み椅子でライブを行うことなど、事故防止の観点から、あり得ないことになっていると思います。特にへビーメタルのライブなどは固定椅子や観客の間を仕切るパイプなどがある会場で行われていると思います。
夢中になりすぎると事故は起こります。少なくとも周りに気を遣い、音楽を安全に楽しむことが大切だと思います。
1970年代は、日本人が、ロックを、耳で聴くだけでなく肉体的に楽しむようになった始まりの時期だったと思います。
押忍
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