2016年01月01日
明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願い申し上げます
さて、私が初めて昇級審査を受けたのは、1987年9月でした。
そして、そこで先代館長のお姿を見ることができました。1981年11月の紀伊国屋新宿本店でのサイン会以来でした。
審査会場である博多体育館武道場(だったと思います)で審査が始まるのを待っておりました。
時間になり、先代館長が入ってこられました。
先代館長を見て「俺も身内だ!」という喜びを覚えました。
それまで一ファンとして「芦原英幸」を見てきましたが、これからは門下生として「館長」と接することができる、そんな嬉しさでした。
いつも先代館長は審査を始める前にお話をされました。
私たちは、審査前ですので極度に緊張していました。しかし、先代館長の話される面白いお話や空手界の裏話などに、つい引き込まれ、夢中になって聞き入ってしまいました。いつの間にか緊張もほぐれ、時間が経つのを忘れるほどでした。
……
「正しい空手」とは
その後も、審査のたびに、先代館長に色々なお話を聞かせて頂きました。
お話の中で、よく耳にしたのは「正しい空手を目指す」「正しい空手を行う」というお言葉でした。
「正しい空手」という言葉には色々な意味があると思います。
例えば、「空手組織としての正しさ」「空手の技術体系としての正しさ」「空手を行う上での心の正しさ」などでしょうか。
いずれにせよ、先代館長の話されるそれらのお言葉を聞くにつれ、身の引き締まる思いを、そしてとても嬉しい思いを抱きました。
芦原会館の組織としての正しさはもちろん、技術としても「芦原カラテ」は一級品です。それに加えて、心の正しさを先代館長は追求されておられたと思います。
ここからは私見ですが。
「正しい」心を持つというのは、とても大変なことだと思います。
人によって正しさは違います。
また、一人の人間だけをとってみても、時に正しく、時に正しくない言動をとってしまうことが多々あると思います。
ところで、時代劇「水戸黄門」は、とても日本人に好まれた人気番組でした。その中に出て来る登場人物は、はっきりと「良い者」と「悪人」に分けられていました。「良い者」は最初から最後まで良い奴で、悪人は徹頭徹尾悪かったものです。
しかし、現実の世の中には、徹底した悪人である「お代官様」も「越後屋」もいません。ほとんどの人は、「自分は正しい生き方をしている」「私は常に正義を行っている」と信じて生きています。
世の中、善人だけなら争いなど起こらないであろうし、正しさを説くはずの宗教間でのもめ事もないはずです。
しかし、現実として争いの絶えない世の中になっております。
本題に戻りますと、それほどに「正しくある」ことが難しい世界で、また、普遍的な正義というものの存在が難しい世の中で、先代館長が強調された「正しい空手」を行うには、普段の努力と絶え間ない自己鍛錬が必要だと思います。
言ってしまっては面はゆいのですが、正しい心を持つには健全な肉体を持つ必要があると思います。また、相対的価値を理解する心を更に高度に身に着けるためには、人間的実力を備えることが不可欠であると考えます。
今年も、謙虚さを忘れず、真摯に自分の空手と向き合い、そして、道場生のみんなと「正しい空手」の道を追求していきたいと思っております。
押忍
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