2015年03月22日
去る3月15日、第7回九州地区サバキトーナメントが終了しました。
ご協力いただいた諸先輩方やスタッフのおかげで無事に終了することができました。
大会参加選手もお疲れ様でした。
大会や試合には、審判が存在します。
毎年、私と同じく主審をつとめている方と話すのですが、判定の難しさは、大会の回を重ねても変わらないということです。
型競技や組手試合における判定などです。
判定を下した後に、思い悩むことが少なくありません。いや、そればかりです。
自分自身、努めて客観的に判定を行うことを心掛けているつもりですが、その「客観」というのは何なのでしょうか。
……
いろいろな分野で、いろいろな世界で、「客観」という言葉が使われます。
著名な方や、その分野の権威者から、
「この判断は客観的なものです」
「客観的に決めました」
と言われると、なるほど異論や批判の余地はない気もします。
しかし、純粋な客観というのはあるのでしょうか。
人間が判断するのに、そこに判定マニュアルがあろうと、決めるのは人間です。
そこには主観はあれど客観はありません。
それなのに、試合を見ている人がその判定や判断に納得するのは、公平でありたいと努めている審判員やジャッジする人を信じているからです。
その信じていただきたい判定を、さらに納得していただくものにするためには、審判やジャッジを行う自分自身の心を鍛えていくしかありません。
思いますに、日々の生活において、仕事や空手、家庭生活など、日常の行動をより高い質のものにしていくことが大切なのではないでしょうか。そして、日常において、常に人に優しく接することだと思います。人に優しく接するというのは、相手の心を感じとる行為を常に心がけないと出来ないものだからです。
その心、つまり主観が磨かれないと、より良い客観には昇華できないのではないでしょうか。
判定や裁定する人は、思い悩んで苦しんで、公平性を身に着けていくことが大切だと思います。そして、自分の行った判定や裁定を、多くの他の人達に、逆に判定や裁定してもらわないといけないと思います。
客観は、主観の中に埋もれています。それを掘り起こすのは自分以外にはできないものだと思います。
今回のお話は意味不明で終わりましたね。
すみません。
押忍
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