支部長雑感

陰の人

2019年10月29日

長らく空手修行を続けていて、ある時期より、自身の稽古の他に後輩への指導も始まりました。
空手を指導していて常に願うことは、習いに来ている人が幸せか、充実した生活を送れているか、学ぶことによる気付きがあるか、人格的成長を成しているかなどです。随分と偉そうなことを言って恐縮ですが、私は本当に心よりそれを願っております。

言うまでもなく、道場では空手を行う人、習う人が主人公です。
一人ひとりが主人公ということ、これは空手に限らず、家庭の中、社会の中、世界中はるか全ての人に言えることです。
ですので、空手で言えば、指導する側の人間は「陰の人」であります。

「陰の人」のたとえはたくさんあります。ご存知のお話もあると思いますが、私の好きな話をいくつかさせていただきます。

1.菊作りの名人
「菊作り菊見るときは陰の人」
昔から、全国各地に〇〇菊(例えば、熊本には「肥後菊」というのがあります)という名物がありまして、そこにはそれぞれ菊作りの名人たちがいました。
その方たちは、心を込めて菊を育て、綺麗な花を咲かせることに丹精を費やします。
そして、菊が見事に花を咲かせたなら、ご近所の方を招いたり、菊展を開いたりして、多くの人にその丹精込めた菊を観ていただきます。
その際、その名人は、見事に咲いた菊たちの前にはいません。菊を囲った簾や柵の陰にひっそりと立っておられます。
「菊」そのものが主人公なのです。

2.士官学校の教官
外国映画で、昔からよく陸海空軍などの士官学校での生活や出来事を題材にしたものがあります。
そこに出てくる主人公を教育する教官は必ず鬼軍曹であり、非常に厳しく彼らを教育、叱咤、そしてシゴキます。主人公たちはそれらに耐えて、士官学校でのカリキュラムをこなし、晴れて卒業式に臨みます。
主人公たちは、自分たちをずっと指導してきた非情な教官を憎んでおりました。
がしかし、卒業式で彼らを送り出すその教官は卒業生に敬礼を捧げます。彼らは卒業すれば立派な士官であり、その途端、鬼軍曹の上官になります。
教官軍曹は、そのことは入学のときからわかっていて、それでも敢えて生徒に厳しく接しました。
主人公たちは、のちに鬼軍曹の本心が分かり、感激し、感謝して笑顔で卒業していきます。
教官軍曹は、晴れの舞台に立つ彼らの前途洋々な未来のその中に、自分が存在していないことを知っていて、しかし、陰の存在として満足します。

3.仏師
「ぶっし」すなわち仏像をつくる彫刻家のことです。
仏師は、材料である木々の、その中から、観音様や不動明王など素晴らしいものを彫り上げます。
彼らが一体の仏像を仕上げるまでは、仏像になる木片に、力を込めてノミを突き立て、足の下に踏みおき、股に挟むなどして彫りすすめ、その形に仕上げていきます。
しかし、ついに完成し仏像が形を現すと、仏師はその姿を祀り、床に手をつき頭をつけ、その姿を仰ぎます。
その仏師の姿には、「この俺がこの仏像を作ったんだ」という傲慢さは微塵もありません。

……
本当に期せずして、縁があり芦原会館の支部指導員をさせていただいていますが、私が指導者として思うことは、もちろん右に書いたような立派な人たちには遥か及びませんが、その精神としては、同じように「教える人は『陰の人』である」という心を持って指導に臨みたいと常々思っております。

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