支部長雑感

停まった車、止まらない弾丸

2020年01月24日

芦原空手のサバキの技術は、威力のある攻撃の、その衝撃をまともに受けずに、無理のない高い技術としての「受け」を駆使して受けることから始まります。
高度なサバキには高度な受けができることが必須であります。
先代館長や館長の受けの技術には、当たり前とはいえ、道場生として瞠目すべきものがあります。

高度な受けとはどのようなものでしょうか。
決して、威力のある早い突き蹴りをエイヤッと気合と力を込めてガツンと受けるのではありません。
超のつくほどの早い突きや蹴り、言い換えれば、時速何百キロメートルのスピードの突き蹴りでも、必ず時速0キロメートルになる場所があります。
それは、突きや蹴りが伸び切った時です。

通常、突き蹴りは手足が伸びきる前に目標の部位に当たるように技を繰り出します。
もし相手の攻撃である手や足が伸び切ってしまったシチュエーションを常に誘い出せるようになれば、サバキは自在のものになるのではないでしょうか。

伸び切ってしまった突き蹴りは例えるならば「停まった車」です。
私は、道場で「猛スピードで走ってくる車を触ることは危険です。でも停まった車は触れます」と言っています。
猛スピードで走っている車は怖いです。そんな車に触る必要はありません。
その後に必ず停まるであろうその瞬間に触れば良いのです。

言葉としては簡単ですが、実際行うとなるとかなりの稽古が必要であると思います。
自分の身体を、相手の技が伸び切る場所に移動させるのは難しいのです。
例えば、相手が技を繰り出そうとする前に自身の身体を動かし始めると、相手は間合いが狂ったことに気づいて技を出すのを止めます。
相手が攻撃を仕掛けようと思いその意思が行為に表れる、すなわち技を繰り出し始めた後に、そこで初めて自身が動きを始めないと攻撃してくれません。

私は、道場ではこれを「鉄砲の弾」に例えて話しております。
相手がピストルの銃爪を引いて弾丸が飛び出した後は、その弾丸は途中で曲がったり、自らの意思で軌道を修正したりできません。後はまっすぐ進んでいくだけです。弾丸自体は「しまった~!危ない!」とは思いません。
相手に銃爪を引かせたら、つまり技を繰り出させたらしめたものです。
相手は、高度なサバキにさらされるという死地に向かって進んでいくだけです。

したがって、ステップを含む受け技を洗練させることはもちろん、相手に技を繰り出させるための自分の「構え」を研究して、その構えから「サバキを行うという意思」を消して相手に気づかせないような稽古をしないといけません。また、それと並行して「技術を土台とした心」を鍛えていかねばならないと思います。相手の攻撃を平然と待つというのは簡単ではないからです。

これら稽古や研究の結果、相手を間合いの錯覚に陥らせ、迂闊に、そして安易に攻撃を仕掛けさせることができるようになれば、先にお話しました「停まった車」に触るが如く余裕を持って簡単に相手の攻撃部位を触ることができ、その結果、先代館長や館長のような高度なサバキにつながる端緒を作ることができるのだと思っております。

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