2015年05月09日
「百年兵を養うは、ただ平和を守るためである」
山本五十六連合艦隊司令長官の名言です。
武道もこうありたいものです。
「十年一拳を磨くは、ただ心身を鍛えるためである」と言い換えられるのではないでしょうか。
それでは、このような考えで武道や空手を続けて、何の意味があるのでしょうか。自分の心や身体を鍛えて、何になるのでしょうか。
自分のやっていることが、実は、社会にとって何の役にも立っていないというのならば、虚しいことです。
「冊々たる孤生の竹、結根山河を泰んず」
これは、江戸中期の仙厓禅師のお言葉です。
ご存知のように、竹は細くて頼りなく見えるけれど、根は強く長く地を這って伸びています。
たった一本の竹でも、しっかり根を張れば、山河を守ることが出来るのだ、という意味です。
以前、自分の存在が無価値に思えていた時期、この禅師の言葉に出会いました。
とても嬉しく、安堵した気持ちになることができました。
こんな自分でも、自身を鍛え、律し、正しいと思える行動をとり続けることにより、人の役に立ち、もしかしたら日本の役に立つことが出来るのではないかと思えるようになりました。
武道を続ける目的は、人をぶんなぐることでも、己の力を誇示することでもないと思います。
何のために、つらい稽古を続けるのか。
それは、心の平穏、安らぎを得たいためかも知れません。
まだ他にも、目的はいろいろあると思います。
真の目的がそんなに簡単に見つからないかもしれません。
しかし、それが分かるまでは、コツコツと日々の稽古を続けるのが良いと思います。
最後に、中国の意拳(大成拳)の創始者王向斉先生のお言葉です。
「拳を学ぶ道は、一拳一脚の拳ではなく、二打三打をいう拳でもない。一套一套をいう拳でもなく、つつしんで常に忘れず、心をつくして守り、行なう拳である。」※一套:型のこと
押忍
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