支部長雑感

もう一人の工藤俊作

2022年12月27日

武士道精神とは、この方のことを云うのだろう。

この工藤俊作氏のことは書籍で紹介され、またインターネットなどでも多くの記述があります。ご参照ください。

氏のことが世に知られるようになったのは、元イギリス士官であった方の著書に、氏の名前が出たことが始まりです。
おそらく、この本が世に出なければ、工藤俊作という名前は、人々の記憶に残ることはなかったでしょう。


……
時は太平洋戦争、1942年3月、工藤俊作氏は海軍少佐(のちに中佐)で、駆逐艦「雷」(いかずち)の艦長でありました。
この時期はまだ、日本が列強相手に奮戦していた頃でした。
そして、駆逐艦「雷」も参戦していたインドネシア・スラバヤ沖海戦で、日本軍が勝利しました。
この戦いでイギリス巡洋艦「エンカウンター」が撃沈され、400名以上の乗組員が海に投げ出されました。そして、乗組員は一昼夜、海を漂流したのでした。
翌日、戦闘海域で多数の漂流物らしきものを見つけた駆逐艦「雷」は、その場所に接近しました。すると、その漂流物は人間であり、イギリス軍兵士だと判明しました。
それを確認した工藤俊作艦長は、決断したのです。
「イギリス軍兵士を救助する」
いまだ戦闘のさなか、しかも敵潜水艦がウヨウヨいる海域で、艦を停止させることは非常に危険です。しかし、その危険を顧みず、工藤艦長率いる「雷」は、艦長命令で422名のイギリス軍兵士を救助しました。
「雷」の乗員は約200名でした。その倍以上の敵兵士をその艦上に収容したのです。

工藤俊作氏はどういう人物だったのでしょうか。
氏は、日本を終戦に導いた鈴木貫太郎首相が海軍兵学校校長を務められていた時に、この海軍兵学校に就学しました。
士官候補生であった工藤青年に、鈴木校長は、上命下服の軍隊にあっても上官による鉄拳制裁を厳禁とし、人間味あふれる教育を施しました。
その薫陶を受けた工藤氏は、自身が「あるじ」として振舞える軍艦内において、制裁を禁じ、和気あいあいとした雰囲気づくりに腐心したりしました。鈴木校長の説いた精神をしっかりと守られたのでしょう。
氏は、185センチ・95キロの偉丈夫でしたが、元来、仲間から「工藤大仏」といわれるほど温厚な性格でもありました。

そんな工藤艦長の日頃の行動や人情味あふれる指導により「雷」乗組員は、艦長を尊敬していました。
そしてこの救助命令を受け、迷うことなく懸命の救助をし、更に、助けた後は、イギリス軍兵士を厚く保護しました。すなわち、治療および十分な水と食料を与えたのでした。

その救助の少し前、漂流中のイギリス乗組員は、疲労による体力の限界の中、敵艦(駆逐艦「雷」)を見た時、死を覚悟しました。しかし、艦のマストに救助信号の旗が掲げられた時、信じられない気持であったとのことです。

救助後、収容されたイギリス乗組員のうち士官クラスが工藤艦長に呼ばれました。
甲板に集まったイギリス士官たちに、艦長はこう話されたそうです。
「貴官たちは勇敢に闘われた。今や貴官たちは、日本海軍の名誉あるゲストである」と。

このイギリス士官の中の一人であられたサミュエル・ホール氏は、工藤艦長によるこの一連の決断と行動に非常な感銘を受けました。戦後、ホール氏は外交官として活躍し、功成り名を遂げられたのち、自伝を書かれました。そして、その本の巻頭に、工藤俊作氏への篤いあつい感謝の言葉を書かれたのでした。


……
「強く、そして優しく」
私は、この工藤俊作氏の話は、まさに日本の武士道精神のそれであり、ひいては我々の目指す武道精神に他ならないのでは、と思いました。

武道においては、なによりも礼節を重んじます。その中でも、先輩後輩の序は、とくに厳しいものがあります。

もちろん、芦原会館も日頃の稽古において、これらはしっかりと指導しております。
しかしそれでも、私たち指導員が道場生に技術を教える時、懇切丁寧を旨とします。その際に、叱責したり打擲(ちょうちゃく)するなどという事は絶無であります。言葉に気を遣い、常におだやかに接することを信条としています。
これは古くからの館長の教えであります。

先代館長、そして現館長と続くこの教えは、私も芦原会館の一門下生として、非常に誇りとしているところであります。

押忍



……
このお話は、拙文2015年10月22日分の再掲です。

私は日頃より、武士道精神は、日本人の心深くに涵養された素晴らしい哲学だと思っております。
武士道などどいうと何やら偏った考えではないかと思う方もおられるかもしれませんが、この精神は、日本の長い歴史の中で、確かな意義をもち、現在まで人々の心のなかで育てられてきた信義、誠実、正義なのではないかと考えます。
しかし、この武士道精神は何も武道をしなければ培われないものではなく、たとえば、礼節を忘れないこと、努力精進を怠らないこと、心技の向上を図ること、チャレンジの精神を持ち続けること、常に反省を忘れないこと、より正しい人の道を全うすることで獲得できるものだと私は信じております。

すみません、最後の「より正しい・・・」以外は、芦原会館の道場訓です。
「より正しい人の道」へのアプローチは、ひとそれぞれです。
努力の先に道はあります。
そして、私はこれからも芦原空手を通じて、この素晴らしい精神を培っていきたいと思っております。

来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

押忍

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T先生

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