2023年01月29日
以前、刀の話をいたしました。
日本刀は、平安時代末期に、鎬造りや反りのある姿など、現在に見ることのできるいわゆる日本刀の姿を完成させました。
そして、時代時代の戦い方の変遷により少しずつその形に変化がありました。
たとえば、武士が馬上にて片手で刀を振るいやすいように軽く、そして切った後に抜けが良いように反りがきつくついていた鎌倉から戦国時代の姿や、江戸時代に入り、一対一の戦いになり、両手で持ち、またいわゆる突きの流行により極端に反りのない姿などがあります。さらに、幕末の頃、王政復古の大号令に見られるような、かつての時代を取り戻す気運による古き良き時代の刀姿に戻る運動などもありました。
これらいずれの時代にあっても、日本刀のその姿は、なんとも美しいものです。
そして、時代時代に存在した刀愛好家、例えば、織田信長、豊臣秀吉、徳川吉宗、近藤勇、明治天皇、黒田清隆など刀好きで有名です。
また、現在でも刀収集、鑑賞を趣味とする方は多いです。
しかし、元来、日本刀は人を攻撃する武器であります。その武器が美しいとは、どういうことでしょう。
それは、機能美だと思います。
機能を追求すると、そこには無駄なものが排除され、目的以外の不必要なものがなくなることにより、より鋭さが強調されるのだと思います。
ほかにも、戦艦、戦闘機、拳銃、ナイフなど、本来戦いの武器であろう存在の、その外にある当該機能美を愛でる多くのマニアが存在します。
話を変えまして、これを空手を始めとする武道に置き換えると、そこにも機能美があると思います。
伝説の強者、歴代の武道家、われらの先代館長や現館長、高弟の方々の洗練された技など、やはり、そこには美しさがあります。
流れるような動き、角の取れた反応、ムチのようなしなる蹴り、肩の力の抜けた体軸からの突き、高度なサバキなど、ぎりぎり無駄を省いた動きの果て到達した境地には、美しさがあると思います。
逆に、強いのだけどどこか変だな、確かに相手に効かせることはできるが無理やりな動きに見えるな、などはやはり技としては一段下の動きではないでしょうか。
機能美、それは今日明日簡単に自分自身に身に付くものではなく、右に書いたような例を示すまでもなく、長い歴史の先に獲得する「美」であると思います。
そして、私はそれがとても欲しいと思っております。
押忍
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