支部長雑感

支部長、怒る!

2016年02月06日

山内文孝前支部長(以下、支部長とします)の生涯にわたる空手修行は、八幡浜松山時代・長洲時代・熊本時代に分けられると思います。

ご自分の修行の他に、本格的に後輩への指導が加わったのは、長洲時代以降であると思います。もちろんそれ以前にも、先代館長に依頼されて、松山総本部道場および松山市周辺道場にて指導されることも多かったそうです。

支部長の長洲時代の古い道場生の方々から伺った話では、長洲の頃の支部長は、それは厳しかったそうです。
もちろん時代背景も違いますし、また先代館長からのご指導を受けてその心構えから、更には芦原空手を背負っているという気概から、非常に気合が入っておられたのでしょう。

そして、1986年に熊本市に来られました。
熊本で道場を開かれるにあたって、いろいろ考えられるところがあったのだと思います。私たちが受けた支部長のご指導は、穏やかで丁寧なものでありました。
先代館長も悩まれた指導方法に対する模索を支部長もなされたのでしょう。道場生に対して頭ごなしに怒ったり、一方的な強制を加えるようなことは全くありませんでした。

あの日の、唯一の例外を除いては……。

1988年3月、私が緑帯の頃のことです。
春の審査会が終わった直後の稽古日のことでした。

いつものように支部長が前に立ち号令を掛けられ基本が行われました。

基本終了後、一度休憩して整列します。
道場の正面に支部長が座られ、向かって右手に白帯、左手に色帯が並んで座っておりました。10数名いたと思います。
黙想して、それから出席をとります。
出席確認のあと稽古再開です。普通なら移動稽古、コンビネーション、サバキの練習と続いていきます。

しかし、その夜は違いました。

出席取りが終わり、ほどなく支部長はすっと立たれました。

支部長「今から組手をする!」
我々「???」
支部長「呼ばれた者は前へ…○○と△△!」
我々「???」

道場の真ん中に立たれた支部長は、○○先輩と△△さんを待ちます。
普段とは違う支部長の雰囲気をようやく我々も気づきました。
訳が分からないまま、○○先輩と△△さんが立ち上がりました。
まず○○先輩です。
お互い挨拶して支部長と○○先輩の組手が始まりました。
支部長は、普段の受け流し中心のサバキ(色帯相手に対してコントロールされたもの)ではなく、とても厳しいサバキをされました。
○○先輩はさばかれる度に吹っ飛びました。
目が回るような時間でした。
△△さんも同様に激しくさばかれました。
2人ともヘトヘトになりました。
そして、元の列に戻りました。

残りの私たちは、硬直したまま、その激しい組手を見ていました。
次は自分か?という緊張感もあって怖かったです。

道場はシーンと静まり返っています。

道場の真ん中に立たれたまま、支部長が○○先輩方に話し始めました。
「○○!△△!なんで俺がいきなり君らと組手をしたか分かるか!」
「それは君らの審査会での態度だ!」
「先生(先代館長のことです)が採点途中の審査用紙を、審査のインターバル中に二人でのぞき見しただろう!」
「なんでそんなことをするか!」
「先生もそれを見ておられたぞ!見ていて敢えて黙っておられたんだぞ!」

○○先輩と△△さんは黙って下を向いていました。
お二人とも何故叱られたのか分かられた様子でした。
残りの私たちも、どうして支部長が怒っておられたのかが分かりました。

その後、普段の稽古に戻りました。
支部長は元の穏やかな態度に戻られ、我々を指導されました。

……
審査に限ったことではありませんが、支部長は、常に正しい行動と公正な心をもって事に当たるということを、武道を通じて学ばないといけないと仰りたかったのではないでしょうか。

後にも先にも支部長がこれほど道場生を叱責されたことはありません。
私もこの日のことは、自分の肝に銘じました。


今日2月6日は支部長のお誕生日でした。

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