2014年10月19日
昨日、熊本支部のI君の厄晴祝いの宴席に出席しました。
これは、熊本支部の道場生及びOBの11名程で作っている会で、13年ほど前から続けています。メンバーの厄入り厄晴れをお祝いする会です。
たのしく語らい、飲んで、そしてカラオケなどですごしました。
日頃の忙しさ、辛さ、煩わしさを忘れる時間というのは必要なものでしょう。
しかし、本当に、日常の辛さや大変さは嫌なものなのでしょうか。
山内文孝前支部長(以下、支部長とします)が、ご生前に私に言われたことがあります。
「いいか、人生には良い出来事も悪い出来事もないんだ。『出来事』があるだけなんだ」
「せっかく、人として生まれてきて、成長する喜びを与えていただいてもらいながら、その成長の材料である、自分の身におきる出来事を、良い悪いで判断してはだめだ」
「すべては自分の成長のために、天が与えてくださったものではないか」と。
……
私もやはり、自身におきる出来事を、つい良い悪いで判断していました。
しかし、支部長にこのお話をしていただいた後は、心の変化といいますか、何かがすこし変わってきたように思われます。
とはいえ、まだまだ支部長の至った境地には程遠く、毎日悩み、迷いつづけているのが日常といえます。
いつも想いを馳せています。
いまだに「釈迦も達磨も支部長も修行中」なのだと。
押忍
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