支部長雑感

バカ坊っちゃん

2017年10月26日


生まれときは同じでも、最初から聡明な人もいれば、歳をとってようやくまともになる者もいる。おれはといえば、今、まともかと問われればその自信はないが、年とともに少しずつ物事を理解していくタイプの人間だと思う。
そうそう、子供のときは無鉄砲であった。
ある時、テレビで自衛隊の落下傘部隊の映像をみて感動し、家にある一番大きい傘を持ち出し、二階の窓から飛び降りたことがある。
傘くらいでフワリフワリと降りるわけもなく、勢いよく落ちたが、途中のひさしに引っかかり助かった。
たまたま下を通りかかったおやじが俺を見て笑った。


おれは高校一年の夏休み、北九州小倉の友人の家に泊まりに行った。
お坊ちゃんで育ったおれは、さすがに常識がない。友人の家に何のお土産も持たず、手ぶらで向かった。
熊本駅から国鉄で行った。
行く前、母に「小倉の友達の家に泊まりに行くので、お金ちょうだい」と頼んだ。
すると母は、五千円くれた。
人の家に泊まりに行くんだから何かもっていけ、とは言われなかった。
その頃、母は家業が忙しく、息子に気遣いなどする余裕はなかったのだろう。
熊本駅から小倉駅まで、特急で三千五百円ほどである。
持ち金と母からの小遣いを足して、往復料金を引けば千円くらいしか残らなかった。
しかし、気楽なもので、そのまま汽車に飛び乗った。
快適に汽車の旅を満喫し、駅に迎えに来てくれた友人に案内されて彼の家に行った。
当然、おうちにいた家族の方々にお土産はない。
夕方着いたので、夕食をごちそうになった。
家の人は、俺のことをなんと思っただろうか。
翌日朝から夕方まで友人と遊んだ。遊園地などに行った。
当然、手持ちの千円では、遊ぶのに全く足りない。
友人から、三千円借りてしまった。


帰る時間になった。
夕方の小倉駅に、友達二人が見送りに来てくれた。もう一人も同じ学校の友人であった。
が、帰りの汽車賃が、全く足りない。友人から借りようにも、彼らもすでにすっからかんだった。
「お金がないので、帰れん…」
「そうか…、どうする?」
「おれ、そんな時どうするか知っとるぞ」
「どうすっと?」
「無賃乗車ばして、着いた駅の改札を走って抜けるとたい」
「おー、そうするたい!」
「できるかな?」(こりゃバカだな)
「メチャクチャ早く走って逃げ切れば、駅員は諦めるよ」
アホな友人たちの提案に、アホなおれは乗ってしまった。
残りわずかなお金で、百二十円くらいの切符を買い、そして、小倉発熊本行き各駅停車に乗った。
鈍行なので、熊本駅まで三時間以上かかる。
無鉄砲だが元来性根が弱い男だったので、改札を駆け抜けて逃げ切る計画など、汽車に乗って三分もしないうちに頭のなかから消え去った。
時間がたっぷりあったので、いろいろ考えが頭の中を駆け巡った。
考えたのは「切符をなくしました作戦」だ。
鈍行列車はゆっくり南に向かって進んでいく。
辺りには夜のとばりがおりた。
ひとつひとつ駅に止まる。しかし、知らない駅名の駅ばかりだ。
福岡県を抜け、熊本県に入ると、かなり乗客の数が減ってきた。
蒸し暑く、長い夏の夜の始まりである。


終点の熊本駅に近づいた時には、自分の周りには他の乗客は全くいなくなっていた。
おれが考えた作戦は、深夜の熊本駅には僅かな乗客しか降りてこないので、駅員さんはあまり怪しむことをせず「切符をなくしました」と申し出れば「仕方ありませんね。次回からお気をつけ下さい」と言って、おれを開放くれるはずだ、というものだった。
十一時をまわった頃、熊本駅に着いた。案の定、降りる人はまばらだった。
おれは、すべての人が改札を通ってしまった後で、改札の横にある精算所に向かった。
いよいよ作戦開始だ。
「あのう、切符を失くしてしまいました」
精算所の駅員は小柄な人だった。まだいくぶん若い。
「ポケットの中を調べましたか」と聞いてきた。あくまで事務的に、しかし、丁寧な感じの人であった。
精算所のカウンターにポケットの中身を並べたが、当たり前だが持ち物はほとんどない。お金ももちろんない。
「座っていたのはどこらですか。見に行きましょう」
終点なのでそこに停留している車両に入り、あるわけもない切符を一緒に探してくれた。おれもポーズで探すふりをした。
「ないですね」係の人はあくまで事務的だった。
二人で精算所の前に戻ると、駅員は誰かに連絡を始めた。
なかなか許してくれるような雰囲気ではない。
「こんばんは」
現れたのは鉄道公安官であった。身体の大きい、顔もごつい人であった。しかし表情は柔らかかった。
「こっちへ」
ついて歩く間、気になって目に入っていたのは公安官の腰の警棒だった。大柄な体格に鉄道公安官の制服は似合っていた。
連れて行かれたのは鉄道公安室であった。


いよいよこれは大変だ。
無賃乗車がバレる。
公安官はおれの住所や名前を聞いてきた。
無賃乗車がバレるのは怖いが、ニセの名前は言えない。本名は言ったが、住所は北九州の友人の住所を騙った。
「熊本に知り合いはいますか?」
丁寧な言葉で公安官は話しかけてきた。
「はい……(どうしよう)。
……(そうだ!)熊本には叔父さんと叔母さんがいますッ!」
今度は自分の家の住所なのでスラスラと答えた。
ニセの叔父の名、叔母の名は両親の名なのでこれもスラスラ出た。
「叔父さん達に連絡しましょう」と公安官。
電話越しに、両親はなんと返答したのかわからない。
「叔父さん達はすぐに来られるそうですよ」あくまで公安官は丁寧だ。


おれはあたえられた丸椅子に座って待った。
鉄道公安室などよほどのことがない限り入ることはない。辺りを見渡すと、市中の交番の中の様子に似ていた。当たり前だ。
三十分ほどで両親は来た。
公安室の入り口に立ち、部屋の奥にいるおれを見つけた。
すぐさまおれは右手を挙げながら笑顔を作った。
「(ええい、どうにでもなれ)やあッ!叔父さんッ、叔母さんッ、わざわざすみません!」
挨拶をしたおれに対し、
おやじは「!!!」
何も言わず、あまり大きくない目をカッと見開き睨みつけてきた。
母は「……」
体が文字通りオロオロとふるえて、あまり大きくない目をさらに小さくしてしまった。
あとで母が言うには、自分を叔母と呼ぶなんて、息子は頭がおかしくなったと思ったそうだ。
公安官は何も言わず、先ほどの精算所の係の人を呼んだ。
精算所の係の人はあくまで事務的に、両親におれの乗車した汽車賃を請求した。
母が払ってくれた。
おれは開放された。
最後は、公安官も駅員も笑顔でおれを送り出してくれた。
おやじの車で家に向かった。
おやじは何も言わなかった。母も何も言わなかった。
家に着いた。
おれは遅い夕食をもらって食べた。


いかにも年若で分別もない男、着ている服もTシャツ一枚、ほとんど持ち物も持っていない。それが遠くから各駅停車に乗って駅に着き「切符がない」という。
大人はすべてわかった上で、この愚かなバカ坊っちゃんの話を聞いてくれ、付き合ってくれ、最後はとがめることもなく送り出す。
知らぬは本人ばかりなり、といったところだったろう。
年数が経ち、おれは気付いた。
明らかに嘘をついて窮地に陥ってワナワナしている子供に対して、大人が大人の対応をして、しかもそれをその者に気付かせないような雰囲気を作った。
ずっとずっと後になって気付いたのだ。
「知る」を知ってるというのは普通で平凡だ。「知る」を知らないふりをして人に変わらぬように接するのが真に「知る」を理解している者であろう。
おれはバカ坊っちゃんであった。
そんな男も今や家庭を持ち、仕事をし、一応社会の中で生きている。
今でも相変わらず物事に対する理解は遅いが、この熊本駅での出来事は理解できていると思う。


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