2014年11月24日
山内文孝前支部長(以下、支部長とします)の修行時代のお話です。
支部長が先代館長の下で修行されていた昭和50年代、芦原会館発祥の地である八幡浜道場には、全国から多くの道場生が集まり、それは熱気のある稽古を続けていたことは、古くからの空手ファンならばご存知のことでしょう。
それこそ、先代館長の厳しいご指導に、多くの道場生が刺激感化され、ときには怒られ、そして情熱を燃やした時代だったのです。
松山市にある総本部が昭和54年に完成する前は、先代館長は八幡浜道場の2階をご自宅にされていました。
ある稽古日のことです。
この日も、支部長は勇んで道場に行きました。
道場は、すでに何十人もの道場生であふれかえっていました。
稽古が始まりました。
先代館長は、まだ2階から降りてこられません。
しかし、あの芦原英幸先生が2階におられるのです。
全ての道場生は、そのことを意識しています。
そして、稽古の音、つまり道場生の気合は当然2階まで響き渡ります。
支部長が仰っていたことですが、先代館長は稽古が始まると「ドドドドッ!」と2階から階段を駆け下りて来られ、稽古に臨まれたそうです。
ですので、道場生は、いつ先代館長がいきなり降りて来られるのか分からず、それこそ極度の緊張状態を継続しつつ稽古をしなければならなかったのです。
支部長も例にもれず緊張感を保ったまま稽古を続けました。
稽古は進んで行きます。
基本、移動稽古・・・。
まだ、先代館長は降りて来られません。
さらに稽古は続きます。道場生の緊張も続きます。
「今か?今か?」
先代館長の駆け下りて来られる足音に神経をとがらせながら、裂帛の気合と大量の汗をかき、突きや蹴りを限りなく繰り出しました。
……
「整列!黙想!・・・これで本日の稽古を終わります!」
稽古が終わりました。
先代館長は、とうとう降りて来られませんでした。
「フーッ」
道場生は普段と全く同じ気持ちと気迫で稽古を行うことができました。
稽古後、支部長は仲の良い先輩に話しかけました。
「先生は、降りて来られませんでしたね」
すると、その先輩が答えました。
「先生は、今日はお留守だよ」
押忍
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