2015年04月20日
春になると、気分が高揚してきます。
生きている実感があります。
しかし、春は季節の変わり目であるのと同時に、物事の始まりと終わりを同時に迎える時でもあります。
もうすぐ、私が従事していた業界団体において役員を勤めておられたN氏が退任されます。
私も、該団体の仕事をさせてもらっていた都合で、N氏とは頻繁に会い、一緒に仕事をさせて頂きました。
N氏は、警察幹部出身であられました。刑事畑一筋の方でした。
そして、ご自分が正しいと思ったことを貫く勇気をお持ちの方でした(過去形はおかしいですが)。
私は自分が正しいと思ったことを、他の人に断固として主張することがなかなか出来ません。そのような私でしたから、N氏には非常に人格的感化を受けました。
もちろん、価値相対主義の実践という元々の大命題との調和を保ちつつではありますが、自分自身を発展させる為のとても良い見本とさせていただいた方でした。
春は別れの季節です。
N氏が退任されると、お会いする機会が減ってしまうと思われます。寂しいです。
しかし、この得難い出会いのおかげで、自分自身が少しばかり成長できたのではないかという感謝の気持ちを、直接言葉には出しませんが、N氏に送らせていただきたいと思います。
ところで、多くの方は、縁あって「友」となった人とは、会って楽しく話をしたり、酒を酌み交わしたりすると思います。
しかし、私は、「友」というのは、いつも何時も会っていないと友人関係を保てないという形のものだけではないと思うのです。
いつの頃からか思うようになったことに「心の友」の存在というのがあります。
私には「心の友」が何人かいます。その人達とは、もう何年も会っていません。しかし、「心の友」は、何年も直接会うことが出来なくても、また相当期間連絡を取らなくても、常に自分の心の中に、友として居てくれるものです。
たとえ、相手が自分のことを何とも思っていなくても、それは全く関係ありません。自分だけの思いでもかまわないのです。
春は別れの季節です。
でも、自分が望めばそれは別れにはなりません。
これからも、友人であり、尊敬する師匠であり、同志であり続けるものだと思います。
押忍
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