2023年06月25日
かつて、昭和天皇が、皇居の吹上御所(江戸城時代の吹上曲輪のあたり)の周りを散策されておられた時、道に草が茂っており、歩きづらそうにされておりました。そこで、侍従が「雑草をお取りしましょうか。」と尋ねると、
「雑草という名の草はない。ちゃんと名前で言うように。」
と仰せになられたそうです。
陛下の植物学者としての真骨頂であります。
また、物事や人に対する真摯な向き合われ方が、この一事にも現れていると思います。
もうひとつ、昭和天皇に関する私の好きなお話です。
ある時、皇居の昭和天皇の執務室にあった仏和辞典が、長年の使用によりボロボロになっていたそうです。
そこで、侍従が「新しい辞典にお取替えいたしましょうか。」と尋ねると、
昭和天皇は、
「金はあるのか?」
と尋ねられたそうです。
古今東西、国を治めた皇帝や王に、また世を治めた権力者や権威者に、このようなお考えを持った人物がいたでしょうか。
話は変わって。
現代は、インターネットにおける「表現の自由」満開ともいえる時代です。
ここでは、誰もが自由に、好きなことを好きなだけ発言することができます。
しかし、その発言に、真の価値があるものがどれくらいあるでしょうか。
これに関しまして、私がよく思い出すのは、吉川英治先生の代表作「宮本武蔵」の最終話「魚歌水心」の一節です。
場面は、武蔵が佐々木小次郎を巌流島で破り、そして島を去ったあとの話です。
……
生ける間は、人間から憎悪や愛執は除けない。
時は経ても、感情の波長はつぎつぎにうねってゆく。武蔵が生きている間は、なお快しとしない人々が、その折の彼の行動を批判して、すぐこういった。
「あの折は、帰りの逃げ途も怖いし、武蔵にせよ、だいぶ狼狽しておったとさ。何となれば、巌流に止刀を刺すのを忘れて行ったのを見てもわかるではないか」―と。
波騒は人の世の常である。
波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は踊る。けれど、誰が知ろう、百尺下の水の心を、水のふかさを。
(新装版「宮本武蔵」(八)講談社 第1刷 昭和59年1月30日 331頁)
……
「宮本武蔵」を吉川英治先生が書かれたのは、90年も前のことです。
どれだけ文明が発達して、世の中が便利になっても、人の心は全く変わっていません。
好きなことを好きなだけネット上で発言しても、その発言に真の価値がなければなりません。
人を責めても、馬鹿にしても、それは吉川英治先生が「宮本武蔵」で説かれている「雑魚」の世迷い言で終わります。
「人は皆同じ、人は皆違う」です。
人を責め、人を貶すということは、自分を責め、自分を貶すことと同じです。
そこから「百尺下の水の心、水のふかさ」は分からないと思います。
自らを鍛え、心を高めることで、人を思いやり、人の心に寄り添うことができると思います。
今回は、思うところの「雑草と雑魚」の話をいたしました。
押忍
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