支部長雑感

蹴りの山崎

2025年09月26日

さる6月22日、空手家山崎照朝先生がお亡くなりになりました。

私は、芦原会館に入門する前から、先生の著書「無心の心」(スポーツライフ社、1980年6月10日初版)を読んで、その存在を知っておりました。
山崎先生は、修行時代の先代芦原英幸館長のごく親しい後輩に当たる方でした。
そして、1969年、記念すべき日本初の直接打撃制全日本選手権の優勝者であります。

今はインターネットの普及に伴い、若き日の山崎先生の戦う雄姿を見ることができます。
私はこれらの映像を通じて、山崎先生の動きと技術がとても勉強になりました。
その中で、特に参考にしている3点を挙げたいと思います。
まず1つには、間合いです。
先生は、懐の深い「前羽の構え」や「上下の構え」をされます。これらの構えは、相手との距離が遠く、そして身体を立てて構えを大きくすることで視界が広く、その結果、相手の動きを把握しやすいことが特徴として挙げられます。
これはルールの存在する試合向けではなく、あくまで実戦を想定されたものだと思います。

2つ目には、相手の攻撃を無力化する受けです。
相手の攻撃を、すべてヒジや膝でカットします。それも相手の戦意を喪失させるほど、まるで打撃ともいえる強い受けをされるので、相手はその後の攻撃が出せないくらいのものでした。

3つ目に蹴りの技術です。
前蹴りの正確さ、そして回し蹴りの角度と威力、これらは現在でもなかなか真似できる人はいないのではないでしょうか。
特に、角度のある回し蹴りは、その技術を指導された師匠がいない、それこそご自身のオリジナルではないかと思われるほど、ほかに見ることのできないものです。この蹴りは、相手の身体線に垂直に当たるほどの角度があり、それゆえに威力が出る蹴り方です。

分かりやすい例でいうと、木こりが木を切るときに、木に対して斧を垂直に当てて切るのと同じことです。木に対して斜めに斧の刃を当てるような切り方をする木こりはいません。
これは誰でも分かるような例えですが、殊、空手の蹴りの技術として体現するのは至難です。これは単に体が柔らかければ出来るというのではなく、技術的に難しいのです。普通は、蹴りは相手の身体に斜めに当たってしまうのです。
これを解決するため、山崎先生は、膝の抱えを大きくして、それをそのまま腰で回転させ、当てる足の角度を相手の身体線に垂直に向かわせます。これで最大限の威力を出せるのです。

私は、先生の回し蹴りの形は、ムエタイの「膝を出す角度及び腰の回転」と空手の「膝のたたみ・開放及び蹴り終わりの引き」の技術を融合させたものだと解釈しております。すなわち「ムエタイには引きがない」、「空手には角度がない」というそれぞれの蹴りの弱点を、先生独自の技術によって解決されたのだと思います。

先生のこれらの技術を見ることのできる映像では、たとえば、ご自身は体重62キロにもかかわらず、80キロ台後半の選手を翻弄し、1分足らずで戦意喪失に追い込むような試合があります。例によって、とても角度のある回し蹴りを披露されています。そして、受けそのものの威力にも目を見張るものがありました。

次に、先生のご性格はまさに侍を彷彿とされるものです。
先生に関するいろいろな書物によると、先生は派手さを嫌い、また表舞台に立つことを極端に避けられたとのことです。名声高くなり、世間に名前が広まってからも、己の慢心、増長をきたさぬ様に、人から求められても頑なにサインをされなかったそうです。
また、ある時、他の道場生の対外トラブルが、思わぬ形でわが身に降りかかってきた際、それから逃げるのではなく、己が苦労を厭わず、仲間のため、またご自身の信条を貫くために懸命に問題解決に走る行動を取られたことがあったそうです。
しかして、古今稀にみる人間性、武士道精神を持たれた空手家であると思われます。素晴らしいです。このような方は、ご自身が望む、望まないにかかわらず、永く人から信用され、頼られる存在であったと思われます。

しかし、はるか後進で、そして縁遠い私にとっては、山崎先生といえば、やはり「蹴りの山崎」です。その大きな角度の回し蹴りの技術です。
繰り返しになりますが、過去から現在において、これほどの蹴りができる方は、数えるほどしかいないと思われます。

ご冥福をお祈り申し上げます。

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