支部長雑感

あれはお前が悪い

2017年02月16日

1991年4月の九州北地区の昇級審査でのことです。
私はその時、初段を頂いて丸2年になっていました。

審査に参加する黒帯の方たちは、受審する道場生たちが審査を受けている間は、後ろで見守り、最後の組手の時に、自らの課題であるサバキの実践も兼ねて、受審者の相手をします。

この時の審査も100名以上の受審者と20名ほどの黒帯が参加されておりました。
いつものように先代館長が審査をされています。
先代館長は、特に基本を重視されて、本当に一つ一つの動作を指導されながら審査されておりました。

私も、黒帯を頂いてからは、審査に参加するというのは自身のサバキを磨くためでありました。
しかし、当たり前ですが、サバキが簡単に身につくことはありません。辛抱して稽古を続けていくしかありません。

それはさておき、順調に審査も進み、組手の時間になりました。

黒帯の方々も組手に備えて気合を入れて準備運動をしています。
審査会場の一番奥に先代館長が座られており、その前で縦一列に黒帯が4~5人の黒帯が並び、それに対して受審の白帯や色帯が向かっていきます。
組手が始まりました。
いつもの審査と同じく、迫力のある攻防が続きました。
鋭い目で、先代館長はそれを見つめておられました。

しばらく後、私も、前で組手をされていた黒帯の先輩から替わってもらい、組手に臨みました。

サバキの理想は、立ち会った瞬間にサバキを決めることですが、なかなか上手くいきません。
もつれてしまうのです。この日のサバキもそのような形の組手が多かったです。
そして、数人目の相手、緑帯くらいの受審者の時でした。
その人は他支部の方でした。

「ゴーッ!」
館長の掛け声で組手が始まります。
バシッ!ドドド…!
その人に対しても、サバキが上手くいかず、もつれてしまいました。
それでも、私はサバキの形を崩さず無理やり相手を押さえ込みました。その瞬間、相手の顔色が変わりました。その人は明らかに興奮していました。

このように組手を行っていると、その最中に気が立ってしまうことは往々にしてあることなので、その時は特に気にすることもなかったのですが…。

「止めッ!」
止めがかかりました。
私は押さえ込んでいた手を離し、身体を起し、元の開始位置に向かいました。

その時、
「ガンッ!」

顔面に衝撃を受けました。
興奮した相手が、開始線に戻ろうとしていた私を斜め後ろから蹴ったのです。
私は倒れこそしませんでしたが、衝撃で動けず顔を抑えて立ち尽くしてしまいました。

「こらー!なにやってるんだ!」
先代館長が、その相手を叱りました。
「おとなしい黒帯(お恥ずかしい。私のことです)と思って調子に乗って!なんて卑怯な事をするんだ!」
非常に大きな声で叱責されました。

120名以上の目の前でノックアウトされて、私は恥ずかしくて仕方ありませんでした。
その後の審査や館長のご講話など、私は記憶がありません。すべてが上の空になりました。
審査終了後、相手の緑帯の人は私に謝りに来ました。恥ずかしさの方が勝り、不思議と怒りはありませんでした。

私は、すっかりしょげてしまいました。こそこそと着替えて帰る準備をしました。
審査会のあった福岡から帰路につきました。
その日は、山内文孝前支部長(以下、支部長とします)と二人で審査に臨んでいました。熊本支部の他の道場生は別の車で福岡まで来ていました。なので、帰りも二人で帰ります。

私の運転する車の中で、何故かかなりの時間、お互い無言でした。
支部長も何も話されません。
当然、支部長も私の組手の様子を見ておられましたので、気遣われたのでしょうか。

高速を走る車が福岡から熊本に入った頃、
支部長が私に話しかけられました。

「瀬野、・・・あれはお前が悪い」
「・・・押忍」
「俺達がやっているのは競技じゃないんだ。武道なんだ。止めがかかっても、相手から目を離すのはダメだ」
「押忍!」
「いつ如何なる時も油断してはいかん」
「押忍!!」

この日のことは今でもよく覚えております。
私に注意されたこの事は、武道に対する大切な心掛けであり、先代館長や支部長ご自身が常に身につけておられた事柄だったのだと思います。

押忍


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